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[最終回]小野正嗣が読み解く「巨匠とマルガリータ」ブルガーコフ【林修・世界の名著】

 2016/04/02  

林修・世界の名著、最終回の放送内容まとめです。

ゲストは3回目の登場、小野正嗣さん。

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1度めは小野さんが選んだ作品「百年の孤独」で、2度めは林先生が選んだ「人間の絆」で、どちらが深い理解ができるか競っていました。

選んだ名著はロシア文学の巨匠・ブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」です。

「巨匠とマルガリータ」の概要

巨匠とマルガリータ(上) (岩波文庫)

ソビエト連邦時代の作家ブルガーコフの遺作で、死後26年経って発表された作品。
独裁者スターリンの弾圧により、生前は発表すらできなかった作品にも関わらず、20世紀以降のロシア文学において最高傑作とも評される伝説の名著である。

林修:またエラいの選んでくれましたねぇ本当に。

小野:先生は今までに読まれたことなかったですか?

林修:ぼく全く知らなかったです。確かに過去2回戦ってますから・・・

小野:誰と?

林修:僕と。

小野:戦ってないから!戦ってないから。そういう主旨の読書番組なんですか?(笑)

林修:そうですよ。これは「戦う読書」っていう。

小野:はは(笑)

林修:だから今回の作品は(僕の)弱点をよく分かってて・・。

小野:傾向と対策を練るのが受験。

林修:それ僕の言うやつですよ。

小野正嗣が作品の概要を語る

林修:まぁ今回、読みましたよ。最初に選んで頂いた「百年の孤独」の時と同じです。要するにこれをしっかり理解するためには(頭の中に)アプリをいくつもダウンロードしないとダメだなと。聖書って言うアプリを入れて、ロシア革命っていうアプリを入れて、そうするとこれを正常に読めるようになるんだなっていう。なんかモヤっとした部分がまだまだ頭の中にあるのは事実なんで。先生、これは重い責務ですよ。テレビをご覧の皆様が「巨匠とマルガリータ」がどういう話かわかるようにご説明をお願いいたします!

小野:はは(笑)これはそんなに難しい話じゃないんです。巨匠と呼ばれている作家がおりまして、その愛人がマルガリータという女性なんですね。2人は愛し合っているんですけども、巨匠が書いた小説、キリストを処刑した「ピラトゥス」(日本ではピラトと呼ぶ)が批評会から批判をされて、心を病んで精神病院に入ってしまう。それで、彼がどこに消えたかわからないマルガリータは、ずっと彼のことを想っている・・・っていうのがまず一つ話の流れとしてあるんです。

小野もう一つは舞台がソビエト時代のモスクワ。そのモスクワに不思議な外国人が現れる。外国人一味がモスクワを大混乱に落とし入れるという。

林修:その外国人一味が「悪魔」だったっていうことなんですよね。

小野:そうですね。その人達にマルガリータが出会うことによって話が大きく動いていくっていうのが上下巻あるうちの下巻ですね。

マルガリータは息を殺し、すでに心に準備していたとっておきの言葉を口に出そうとしたそのとき、突然、まっさおな顔になり、口をぽかんと開けたまま、目を見はった。《フリーダ
!フリーダ!フリーダ!》執拗に祈るような誰かの声が耳もとで叫んだ。《フリーダと申します》そこでマルガリータは、舌をもつれさせながら言い出した。
「それでは、ひとつだけ、お願いしてもよいというわけですね?」
「要求するのだ、要求するのだ、わがマドンナ」よく飲み込んでいると言わんばかりに微笑みを浮かべながら、ヴォランドは答えた。「ひとつだけ要求するのだ!」
(中略)
 ふたたびため息をついて、マルガリータは言った。
「お願いしたいのは、フリーダの枕もとに、赤ん坊を窒息させたあのハンカチを置かないようにしていただくことです」
 猫は天を仰ぎ、大きくため息をもらしたが、どうやら舞踏会では耳を引っぱられたのを思い出したものらしく、なにも言わなかった。

林修:謎の舞踏会ですよね。

小野:そう、謎の悪魔の。これも林先生がおっしゃる通りで、ヨーロッパの文学的伝統ですよね。悪魔とか魔女たちが集まって「サバト」っていうか舞踏会をやるっていう。

林修:そういうのがわかんないんですよね・・。

小野:いや、僕も「そういうのがあるかな」っていうくらいです。舞踏会で魔女になっちゃうんですね、マルガリータは。

林修:要するに、これちょっと違うかな、日本で言うと「ゲゲゲの鬼太郎」の「夜中の墓場の運動会」みたいなもんですよね。

小野:あはは(笑)もう僕思うんだけど、これ天才です。天才。卓抜な比喩ですよ。しかも時期的に水木しげる先生のオマージュですよね。巨匠です(笑)

林修:いやいや、余計なこと言わないで下さい(笑)僕ね、先生と話していて一つ学んだんですけどね、ちゃんと人が話そうとしている時に”小ボケ”を入れることがこんなに人を苛立たせるんだなっていう(笑)

小野:ははは!(笑)いや、何の話でしたっけ?

林修:フリーダ。

小野:そうそう。マルガリータがもう一度巨匠に会いたいっていうことで、モスクワを大混乱に陥れた悪魔の一味の人たちに出合い、力を借りて魔女になることで巨匠と再開するわけですけれども、そのための通過儀礼ですよね。墓場の運動会みたいなそれが舞踏会。そこで罪人たちが王妃となったマルガリータに会う。で、その中の一人、女性のフリーダっていう人は過去にカフェで騙されて子どもを身ごもって、産んだ子どもの口にハンカチを詰めて窒息死させてしまったいた。その人が「罪を許して欲しい」ってことでマルガリータのもとに来る。で、マルガリータは心の中で彼女が本当に言いたいと思っていたこと、心に準備していたのは「巨匠に会わせて下さい」って言うことだし言うべきだったのに、読者もそうだと思っていた。それなのにマルガリータは「巨匠」という言葉を口にするのではなく、たった今会ったばかりのフリーダのことを思い浮かべて「彼女の罪をを許してください」って言うわけですよね。だってハンカチさえなかったら罪人にならなかったのだから・・・

林修:簡単に言うと、自分が魔女になってまで叶えなかった願いを、初めて会った罪人のために諦めた瞬間の言葉って言い方でいいですかね。

小野:先生素晴らしい、ぼく本当に無駄な話をしましたね。一行でまとまるものを一段落ぐらい使って(笑)

林修:いやいや(笑)ぼくフリーダのとこと、意外と簡単にスーッと過ぎちゃいました・・。

小野:たぶんあのフリーダの話なんですけどね、ゲーテの「ファウスト」のヒロインもドイツ語で言うと「マルガレーテ」でしたっけ?彼女もファウストの子どもを身ごもって殺しちゃうんじゃなかったですかね。そんな話でしたよね。(※ファウスト=ゲーテの戯曲)

林修:ヴォランドもファウストの登場人物なんですよね・・。だからこれ「ファウスト」ってアプリも入れとかなきゃダメですよね。

小野:それも色んな諸説ありまして、ブルガーコフは非常に優れたマシンだったみたいで、もちろん「ファウスト」のアプリも使っているらしいんですけど、それ以外のアプリもたくさん主題に入っているらしいです。

林修:拡張子がなくて「このファイル開きません状態」なんですよ。おそらくキリスト教の文化圏の人はマタイとかユダの働きはよくわかっていて、「わかっているもの」と「わからないもの」と混ざって一つのストーリーが合わさって一つのストーリーが進行していく。それが向こうの人の受けかた。わからないもの同士だと、全部が分からなくなるんですよね。

登場人物から作品と作家の理解を深めます

ここで2人に同じ質問をしました。

【印象に残った登場人物は?】

林修『コロヴィエフ』
小野『ヴォランド』

小野:何でコロヴィエフなんですか?

林修:だって僕はこういう番頭タイプ、実務型が好きですもん。

小野:確かに、ヴォランド(悪魔)の補佐役で手となり足となり。けっこう怒られてますけどね。

作家ブルガーコフの「陰」と「陽」を読み解く

小野さんが選んだ「ヴォランド」の理解を深めることで、ブルガーコフが込めた思いをより深く読み解くことができます。

まずは本文をどうぞ。

 「・・・・・・それでは、ご紹介いたします、はるばる外国からこられた有名な魔術師、ムッシー・ヴォランドの黒魔術ショーをお楽しみください!さよう、みなさまもご承知のとおり」と言いかけて、ベンガリスキイはもったいぶった微笑をもらした。
(中略)
 ひょろ長いアシスタントと日本足で舞台を歩く猫を従えて魔術師が登場すると、観客の顔には、このうえない満足そうな表情が浮かんだ。
 「椅子を」とヴォランドが低い声で命令すると、すぐさま、どこからどうやって現れたのか肘掛け椅子が舞台に現れ、魔術師はそれに腰をおろした。
 「ところで、教えてくれないか、ファゴット」どうやら《コロヴィエフ》という名前のほかに別の名前ももっているらしいチェックの道化役にヴォランドはたずねた。
 (中略)
 「それはそうと、この男には」ファゴットはベンガリスキイを指さした。「もう、うんざりです。頼まれもしないのに、しきりにしゃしゃり出ては口から出まかせな注釈をつけて、せっかくの出し物を台無しにするのですからね!この男をどうしたものでしょうか?」
 「首を引っこ抜いてやれ!」天井桟敷から誰かが手きびしく言った。
 (中略)
 「首を引っこ抜く?これは名案だ!ベゲモート!」と猫に向かって叫んだ。「やれ!一(アイン)、二(ツヴァイ)、三(ドライ)!」
 すると、まったく信じがたいことが発生した。毛を逆立たせた黒猫が不気味な唸り声をあげた。(中略)猫は咽喉(のど)を鳴らしながら、ふっくらとした前足で司会者の薄い頭髪にしがみつき、おぞましい唸り声を発すると、頭を二回ひねって、ふとった首のつけ根から引っこ抜いた。
 劇場にいいた二千五百人ほどの観客は一斉に悲鳴をあげた

小野:林先生にちょっと聞きたいんですけど、書き手っていうのは登場人物にどこか自分を投影するところがあるじゃないですか。ブルガーコフが自分を投影しているのは誰だと思いますか?

林修:作家が一人に投影するとは限らないと思うんですよね。自分の「陰」の部分と「陽」の部分に分けて自己投影をして、いくつものキャラクターを作っていくっていうのはよくあることで。間違いなく「巨匠」に重ねているとは思うんですけど。

小野:素晴らしい、おっしゃる通りですよね。

林修:だとしたら、あまりにも有名なセリフのとこですよね。

「そんなはずはない。原稿は燃えないものなのです」

林修:これは発行を禁じられたブルガーコフの強い思いが込められている部分と言っていいと思うんです。でもその一方で、統制で厳しい社会の中で、非常に分かりにくい異聞?(聞き取れませんでした)のヴォランドは、ブルガーコフの一面の投影だと思います。

小野:実はヴォランドってやってることが小説家なんですよ。人々の運命を決めて、その通りに人々が行動する、これは小説家がやってることですよね。ある種の「全能の作家」っていう側面をヴォランドは体現していて、巨匠の方はむしろ「無能な作家」っていう。作家ってそういうところあるじゃないですか、書ける時の全能感と書けない時の無能感と。先生の言う「陰」と「陽」みたいな。

林修:なるほど、いやぁさすがにそこまでは理解してなかったです。つまり作品としての創造主のヴォランド。

小野:だってヴォランドって悪魔なのか?って。悪いことしていないじゃないですか。確かに混乱に落とし入れたりしているけども、基本的に彼がやるのはマルガリータの願いを聞き届けるってことですよ。

林修:確かに、先入観で悪魔だって思ってたけど、そうですね。本当に全体像を掴むので精一杯で。

小野:結局、彼はマルガリータと巨匠を再開させて、二人を永遠の安息に連れて行く、と。

アプリがあってもなくても、文学は楽しめる

一番印象に残るシーンは?という質問に2人はこのように答えました。

林修『猫との銃撃戦』
小野『空飛ぶマルガリータ』

まずは林先生が選んだシーンの描写からどうぞ。

 「さあ、決闘だ!」揺れ動くシャンデリアににつかまって人々の頭の上をかすめながら、猫は大声でどなり、すぐにまた前足にブローニング銃を握り、石油こんををシャンデリアの枝と枝のあいだにはさんだ。猫は狙いを定め、人々の頭上を振子のように飛びまわりながら銃火を浴びせかけた。轟音が部屋を揺すった。シャンデリアのクリスタルの破片が床に飛び散り、暖炉の上の鏡には星のようなひびがいくつも入り、漆喰の埃が舞いあがり、使用ずみの薬莢(やっきょう)が床の上で跳ね、窓のガラスは割れ、銃弾に撃ち抜かれた石油こんろからは燈油がほとばしりはじめた。こうなると、もはや猫を生け捕りにするどころではなく、反撃に転じた一同はモーゼル銃で猫に狙いをつけると、頭に、腹に、背中に、猛然と銃弾を浴びせかけた。銃声はアスファルトの中庭に大混乱をひき起こした。

林修:ルパン三世でよくある話なんですよ。

小野:やっぱり林先生は教養が深いですけど、我々のイマジネーションていうか想像世界もそういうものによって作られているんですよね。僕の場合は「魔女の宅急便」ですよね。

林修:全裸ですからセクシーですけどね。

 全裸で、姿の見えない空飛ぶ女は、必死になって自分を抑えようとはしていたが、その手は忍耐できずにわなわなと震えていた。注意深く狙いを定めると、マルガリータはグランド・ピアノの鍵盤に金槌を振りおろし、最初の哀れっぽい悲鳴が部屋じゅうに響きわたった。

小野:最初は復讐心に燃えてるんですよ。建物の2階とか4階ぐらいのとこだと、要するに巨匠を苦しめた批評家に復讐するとか・・

林修:これ本当に不法侵入・器物損壊で、相当の罪を・・・

小野:だけど、自分が大騒ぎしているんだけれども、泣いている子どもを見たら・・・

 「ガラスが割れている」と男の子はつぶやき、呼びかけた。「ママ!」
 誰も返事をする者がいなかったので、男の子は言った。
 「ママ、こわいよ」
 マルガリータはカーテンを開いて、窓から飛び込んだ。
 「こわいよ」と男の子はくり返し、身震いした。
 「こわくないよ、こわくないよ、ぼうや」

小野:こういうところに哀れみっていうか、さっき言ったような。最初は復讐心に燃えていて、空を飛んでいて低いんだけども、その頃は世俗的な怒りに燃えていて暴れる。けれども子どもを慰めて「上へ、上へ」と上がっていって俯瞰していくような所までいくと、怒りとかドロドロした感情が消えていく。

林修:なるほど。飛ぶことが楽しい、と変わっていくという。

林修が考える、文学の楽しさ

林修:本当にこういうことっていうのが文学の楽しみですよね。

小野:細部ですよね。

林修:いやそういうことじゃなくて「お前ってこういうものをこういう風に理解する人間だろ、どうなんだ」みたいな。

小野:いやいや、僕は先生には恐れ多くて言えませんけど。

林修:散々言ったあとに何言ってるんですか(笑)文学って自分を映し出す鏡で、自分とか先生とか。それを見てもう一回自分が映る。自分を知り他人を知り、分かったらこんなに楽しい世界はない。

小野:本当におっしゃる通り、他者のことを読んでいるようで自分の一部を読んでいるのかもしれませんよね。

林修:人によって持っているアプリって違いますから、その人なりの理解の仕方が出てくる。てことは「この作品をこう読むってことは、こういう人なんだな」っていう。

小野:だから先生、アプリいらないのよ。林修はこういう風に読む、それで十分なんですよ。それで僕はこういう風に読む、それで先生と語り合うっていうのが至福の時間で。

林修:いやもう3回も文学談義をするなんて学生以来ですから、先生にもお付き合いいただいて、どう考えても嫌がらせみたいな素材を選んでいただいて(笑)

小野:でも先生ね、下巻の315ページかな

「もちろん、人は誰でも、ぼくときみのように、いっさいのものを奪われてしまうと、この世に存在しない力に救いを求めるものなのだ!それも仕方のないことだ。この世に存在しないものに救いを求めることにしよう」

小野:で、この世に存在しないって何だろう?って考えると、僕はそれは「小説」とか「文学」って考えても良いんじゃないかなと思うんですよ。

林修:ただ単純に「神」と捉えるのではなく。その方が作品全体の理解ときれいに繋がりますよね。

小野:だって文学の描いている世界っていうのは、この世に存在しない、言葉の中にしか存在しない世界ですよね。ただ先生、それが問題なんですけど、キレイにつながってキレイに分かるものが良いのか?と。

林修:それ言い出すと最初に戻っちゃいますから、やめましょう(笑)

最後に

小野正嗣が残す「巨匠とマルガリータ」を表すひと言とは?

『ゆるしと再生』

林修:複雑怪奇な物語のように思われましたが、人がこういう形で伝えようとすることっていうのはそれほど複雑なことではないのかもしれません。

林修:一年間に渡ってお届けした番組、今日で最後になりますが楽しんでいただけたでしょうか。文学の楽しさ、そして文学を通じて人と繋がることの楽しさを。番組は今日で最後となりますが、みなさん自身と文学との楽しい素敵なつながりは、これからもずっと続けていただければと思います。

▼番組で使用されたのは岩波文庫でした


▼会話に出てきたこちらも名作

[楽天]巨匠とマルガリータ

最終回が終わってしまいました。好きな人は本当に好きな番組だったのではないでしょうか?寂しいですね。

BS放送だったので世の中への影響力は大きくなかったと思いますが、文学を楽しもう!って人が少しでも増えることを願っています。(一緒に語ってくれる人がいないと寂しい・・・)個人的な好みですが、最後がロシア文学で良かったです。

あ、そういえば放送倫理委員会で「青少年のおすすめ番組」に推奨されてて、びっくりしました。何が良くて何がダメだかよくわかりませんね。

DVDどこで売っているのかネットで情報が見つけられないのですが、購入はお早めに!

「林修・世界の名著」【全放送まとめ】