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下克上の時代を学び、現代と向き合う「天と地と」海音寺潮五郎~本郷和人【林修・世界の名著】

 2016/02/29  

林修・世界の名著。
今回のゲストは東京大学史料編集所教授・本郷和人さんです。

hongou(出典:mizuing)

選んだ名著は明治ー昭和の小説家、海音寺潮五郎が1962年に発表した「天と地と」です。

歴史?難しくて読みにくいんじゃない?

と侮るなかれ。歴史の公演なども行っている本郷和人さんが「現代社会と向き合うヒントが隠されている」と話をつなげて下さっています。

序盤はゆるめに、後半は力強くお話されている姿が印象的な放送でした。

「天と地と」はどんな作品?

天と地と 上 (文春文庫)

「毘沙門天の化身」の異名を持つ上杉謙信の生きざまを描いた歴史小説。

不遇の幼少期を過ごした上杉謙信が稀代の名将へと成長し、武田信玄と死闘を繰り広げるまでの半生を描き出した傑作。
映画やドラマの原作にされるなど、半生記に渡り読み継がれている名著である。

毘沙門天(びしゃもんてん)は、仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と共に四天王の一尊に数えられる武神である。

uesugi(上杉謙信)

本郷氏と「天と地と」の出合いは大河ドラマ

本郷:大河ドラマで「天と地と」を一年間見終わって、これは非常に面白いなと思って、小説でも読んでみようかなと思ったのがこの作品です。

林修:1969年ぐらいですよね?確か。ちなみにその時は何歳ぐらいですか?

本郷:9歳とか10歳ですかね。

林修:歴史との関わりかたが僕と結構似てますね。僕は73年ぐらいですかね、国盗り物語からでした。

戦だけではない、恋の描写

映画や大河ドラマで映像化されたこの作品は、上杉謙信が名将へと成長していく過程で直面する様々な人物との「信頼」や「対立」が描き出されています。その中には武田信玄を初めとした数々の武将との戦だけにとどまらず、男女の恋の描写に至るまで濃密に描き出されています。

本郷樫山文枝(かしやまふみえ)さんていう女優さんがヒロインだったんですけど、そんな中で小説を読んでいくと「こんなエッチな小説なんだな」と思って(笑)

林修:先生はわりあい、その辺の融点が低いですよね(笑)

本郷:ふふふ(笑)低いかもしれない・・。

例えば、謙信の家臣である「小島弥太郎」と、謙信の育ての親である「松江」との恋愛シーンがあります。

相手の唇はこちらの唇に重なった。しめった、つめたい唇であったが、中は火のように熱かった。
 やや長い間、二人は子供が熟した果物をむさぼり食うようにむさぼり合った。

本郷:そんなことを仰るんであれば、林先生は子供の頃から男女のことでドキドキしないくらい、ちゃんとお読みになっていたんですか?

林修:いや、そんなことはないですね。多分気がついてなかったんだと思います。スーッとそういう所を通り過ぎちゃったんだと思います。そう考えると、先程は大変ちょっと失礼な言い方になりましたが、先生の場合融点が低いんじゃなくてセンサーのレベルが高いんですよ。

本郷:いやぁどうかなぁ。それまで読んでた小説では、あんまり男女のこととかって出てこなかったので。まぁそうやって出合って読み出して、いっぺんに海音寺潮五郎という人が好きになったんです。

上杉謙信が両思いだとわかる、終盤の描写

以下、本郷さんが最も感銘を受けたという一節です。

互いに両思いでありながら、最後まで謙信と結ばれなかった乃美(なみ)が放った言葉になります。

お添い臥しがしたいのでございます!

本郷:宇佐美定行の娘が乃美という女性で、謙信より2つ3つ歳が上なんです。で、2人は非常にプラトニックな愛を育んでいくんですよね。

林修:僕はそこがよくわからないんです。何も2人を止めるものがない時代ですよね、それは「いっちゃう」でしょ。

本郷:いやぁ、そこは謙信はいかないでしょ。臆病だったんじゃないですかね。その感じって僕はよく分かるんですけど。多感な思春期に女の子に全く相手にされずに育つわけですよ、小学校で初めて読んだ時に「女の子に持てなくても良いんだ」って正直思いました(笑)本当に。

林修:それは随分自分の方に引っ張って捉えられてますよね(笑)面白いですね、同じ本を読んでも出てくる結論て人によって全然違いますよね。だって、これって相手にされないレベルじゃなくて、相思相愛なんですよ?

本郷:そこはやっぱり「男」ですよ。男ってこういうもんだって思ったんですね僕は。

林修:いやいや(笑)でも、そういう風にしたかったんでしょうね。男っていうのはそういうもんだ、と。だから武田信玄じゃなくて上杉謙信なんだと。

本郷:自分がやりたいことがあったら、女の人との楽しい生活は犠牲にするんだ、と。

林修:あ、ということはそれ(女の人との生活)を拒否したから、一層作品が良いってことですか?

本郷:それはありますね。最後の最後にお互いが相思相愛だってことがわかる。それで32歳ぐらいだったかな、乃美さんが先ほどの一節を言うんですよね。

林修:やっぱり先生、食いつく所が僕とはすこーし違いますね。もちろん素晴らしいポイントでもあるんですけど。

本郷:だって僕は結局、中学・高校と女の子のいない日常でした。大学に入っても、合コンとか一回も行ったことないです(笑)

林修:僕も高校までは一緒ですけど、大学で一気に放たれたんですよ(笑)もう「うやぁー」って。合コンは15日連続とかやってましたもん(笑)

世の認識は「謙信」より「信玄」が上?

林修:先ほど男女の艶っぽい部分に魅力があるって話をしましたが、それだけじゃないですよね?

本郷:僕が驚いたのは、海音寺さんが上杉謙信を書いた時点では武田信玄の方がよく皆に知られていた、だから上杉謙信を書いたんだって言ってらっしゃったんですよね。

林修:今でもその構造って変わってないですよね。もちろん、新潟の人にとっては上杉謙信の方が上になるんでしょうけど、他の地域の人からすると信玄>謙信なんじゃないですかね。有名って言うか。もっと言うと、信玄が「陽」で謙信が「陰」みたいな。

本郷:今なんかゲームとか漫画の世界だと、上杉謙信は女性であるってことになっちゃてるんですよ。僕も監修とかしてるんですけど、フィクションの世界ですから問題ないんですけどね。

林修:教授が監修していると、本当に謙信が女性だと思われちゃいそうですね(笑)

現代人はなぜ歴史小説を面白く理解できないのか?

本郷さんが考える「天と地と」の歴史小説としての特徴とは何なのでしょうか?

本郷:今の歴史小説と比べた時に、明らかに海音寺潮五郎という人は古い史料とか古文書(こもんじょ)を自在に読める人だったんですね。だからもの凄い量の歴史の情報がギューっと詰まっているんです。

他の歴史小説と一線を画す「天と地と」。
その違いが垣間見える一例があります。

宿屋の食事の語源に触れる描写です。

ごくまれに客の以来に応じて食事を宿屋でつけてくれることがあって、これをはたご(旅籠)といった。はたごというのは、元来は米や乾飯(ほしいいい)や乾魚(ほしうお)や塩・味噌等を入れて旅中にたずさえる器のことで、転じて宿屋で出す食事のことをいうようになったのだ。

さらにもう一つ、筆者の優れた歴史の知識の中で、本郷さんが注目する点があります。

本郷:優れているのは時代の捉え方なんですね。見事に捉えています。例えば京都の朝廷や、天皇であるとか貴族であるとかは、当時大変に貧乏していたと。で、本当に貴族なんかは京都では生活ができないから、色んな戦国大名のところに行って居候している・・・みたいな描写があったり、娘を売ってご飯を食べてる・・・みたいな描写があったりします。このような描写っていうのは、僕は全くその通りだと思うんですけど、現代の歴史研究者はそういうのが分からないんですよ。例えば最近の本なんですけど「戦国大名に朝廷とか天皇とか貴族とかが貧乏で困っていたというのは本当なのか?」とかね。全体的に下克上の世の中だったのはこの本を読むと自然に染みこんでくるんですけど「下克上は本当にあったのか?」みたいな本が結構出てるんですよね。

林修:今のほうが見つかっている史料が増えていて分析も進んでいるはずなのに、どうして出てくるんですか?

本郷:僕が思う一つは「今まで言われていることをひっくり返せば新しい説になる」っていう実に簡単なものですよね。あともう一つ思うのは、バブルが弾けた後に、生きかたもそうですけど、あまり冒険をしなくなっていますよね。それが当然、歴史理解につながっていると。当時は何て言うか、下克上というか、下の人間が上の人間にとって変わるみたいなエネルギッシュな描写をするって所がどこかにあったんですね。ところが今の研究者の人ってそれが分からないみたいですね。

林修:時代のエネルギーそのものがレベル下がっちゃってるんで、大きなエネルギーが動くっていうのを体感できない

本郷:それが良いか悪いかは別として、つまらない歴史小説の捉え方しかしないんですよね。

林修:となると現代で面白い歴史小説が出てくる確率は低いですよね。

本郷:低いですね。今の歴史小説にも影響しているのかなという感じがしますね。

二人が思う、謙信以外で魅力的な登場人物は?

林修「武田信玄」

林修:この作品では謙信と対比させるために過剰にリア充に描かれていますよね。

以下は生涯女性と関係することなかったと言われる謙信の対比として描かれる、武田信玄こと晴信を表した描写の一例。自身の側室のことを思い返している時のシーンです。

今夜の泊りに急ぐ晴信の胸には、諏訪ご料人の美しい姿が一ぱいに広がっていた。夜毎の睦言(むつごと)や。この頃やっとよろこびを知りはじめた姿や、そんなものが放恣(ほうし)なくらい思い出されて、きびしく引きむすんだ口もとに笑いが浮んできそうであった。

本郷:「天と地と」っていうのは、「信玄と謙信」っていう部分もあるんでしょうね。

林修:ていう意味もあるんでしょうね。信玄ていうのは「組織」っていうのを意識して、人の最適配置ってのを考えて・・・っていうのがすごく好きですね。

本郷:それが有名な話では「人は城、人は石垣、人は堀」ですよね。確かにそういう部分では、信玄の方が戦国大名としてはどう考えても上だっただろうと。優れた戦国大名、という意味でね。謙信はどっちかというと天才肌で芸術的

林修:異端ですよね。

本郷「宇佐美定行」

本郷:宇佐美っていう人は才能があって、だけど「分を知る」っていうか、自分の分際をわきまえている。で、高望みしない。僕はそういう生き方をしたいなと思っていたんですよね。

冷静沈着、頭脳明晰な人物として描かれる「宇佐美定行」。
若年の主君上杉謙信こと「長尾景虎」(かげとら)の能力を諸将に誇示するべくとった言動があります。

 景虎はうなずきながらお熟視していたが、やがて宇佐美に言った。
「この敵は必定今夜のうちに引取るようじゃな。その勢いがある。退口(のきぐち)を討とうではないか」
(中略)
「てまえにはそうは見えませぬ。敵の勢いはなおまことに強うござる。これほどの勢いあるものが、一手柄も立てず、今日来て今日ひき退くとは思われませぬ。(中略)」
 景虎は宇佐美が演出をしていることに気づいた。
(中略)
「敵は小荷駄(しょうにだ)を持っておらんぞ。長陣しようにも出来るまい」
 宇佐美は「あッ」とさけんだ。
「いかさま!ご明眼(めいがん)でありますな。なるほど、敵は今夜中に退きましょう。夜陣支度はは擬勢でございますな」
 演出はあたった。

林修:確かにこういう人が懐刀でいてくれると上は自由にやれますよね。この人がいたから謙信の奔放な天才型の活動になった、そういう見かたもできるかもしれないですよね。

本郷:全てを分かっていながら、絶対に出しゃばらない。そういう生きかたをしたいなって僕も昔から思っていて、宇佐美定行って人に人間の生き方を教わりましたよね。ただ、後から歴史を学んだら「実はこの人は存在しません」ていう(笑)ビックリしました。

林修:だって凄く重要なポジションで、下手したら自分の娘と謙信とが結婚するかもしれないほどだったのに、それが虚構だったという・・・。

一つの時代を知ることが、現代と向き合うことにつながる

林修:もし、先生が奨めるとしたらどんな人にと思いますか?

本郷:それはやっぱり歴史を知りたい方なんですけども、割りと最近は「簡単に知りたい」っていうのが流行りっていうか。少し努力すれば大きな果実がそこにあるのに、もっと手軽に、もっと早くっていう感じで。そういうことじゃなくて、もっと腰を据えて本と格闘してみたい、歴史の奥深さを知りたいなっていう人に。細かくて長いんですけれども、海音寺潮五郎って人がこの時代をどう捉えているのかっていうのに結びついてくるわけですね。作家を信頼して読んでみる。

林修:すごく情報量が多いんですよね。この脇役にここまでの情報量を書く必要があるのかっていう部分もあると思うんですけど、そういう細かさも全体を捉えるのに必要な部分であると。

本郷:僕らの悪い癖で「ななめ読み」みたいなことしちゃうじゃないですか。そうではなく、しっかりと読んでると全部読み終わったときに「戦国時代」ってものがイキイキと頭の中に入っていると思いますよ。この時代っていうのはひと言でいうと「下克上」って時代だと思うんですけれど、その立ち向かい方は武田信玄的であったり、上杉謙信的であったり、そうじゃない方法で立ち向かう人がいたり、滅んでいく人がいたり色々ある。僕たちっていうのは、どうやっても時代とか社会と向き合っていかなきゃいけないですから、そこでどういう風に向き合くっていくのかを、うっすらとでも分かってくると思うんです。

林修:一つの時代を掴むということは、我々が今の時代とどう向き合っていくかという理解に繋がる。だとしたら、緻密にきちんと組み立てられた作品に、正面から向き合うという経験をして下さい、ということですね。

ひと言

本郷が記した、この名著を表すひと言とは?

『女性は怖い』

林修:ストレートですね。こう書かれた本郷先生にとっては、むしろ上杉謙信そのものが毘沙門天だったのかもしれないですね。

▼番組で使用されたのは文春文庫でした。


上・中・下巻があります。

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