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”どっちでもいい”ことを主張できる大切さ~バランス感覚って大事です~

 2015/09/11  

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(出典:www.ahww.or.jp)

すぐに「それよくわかんない」「どっちでもいいし」と投げやりに言う人との会話って、つまらないと思いませんか?

”主張”というのは自分が強く思っている言葉を発することで、それが何より大事なこと、それ以外はどうでもいい、そう思っている人がたくさんいるように思います。

でも、それって本当に大切なことなのでしょうか…?

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強い主張は過激で目立つが…

人の『思い』は強すぎることほど過剰になりやすい性質を持っています。自分の信念を真っ直ぐに主張することが、必ずしも正義とは限りません。むしろ、賢い人ほどそんなことはしないもんです。

タバコの良し悪し云々とか、デモ活動とか、ネット上の書き込みとか。
そこまで過激じゃなくても、”思い”がちら見えして、邪魔くさく感じる言葉や文章、身近にたくさんありますよね。

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思いが強すぎると、意見が偏ります。たとえ集団じゃなくても、です。
それによって目立ちはしますが、響くものがあるか、と言われると必ずしもそんなことはない。嫌われちゃうことだって多いです。

芸術家の主張・表現について

偏っていて許されるのは、芸術家とか芸能人とか、独自の個性と表現力がないとニッチもサッチもいかない人たちぐらいのもので、憧れてやろうとしても相当の技術を要します。

なぜならそういう芸術家たちは、人間の持つ普遍的な性質に対して”怒り”や”温情”の表現をしますから、本当は”普通”が理解できている人たちばかりです。何も知らずに偏っているわけではありません。

どう考えても凡人がちょっと努力して簡単にたどり着ける領域ではないよね。
上っ面だけ芸術家の真似をしてかっこつけた主張をしても、ただの常識知らずのおバカさんに見えてしまいます。

”どうでもいい”ことで広がる知識

どっちでもいいことを考えられるようになると、他人の話を聞けるようになったり、自分の知識を広げることができるようになります。自分に直接関係ないことを表現すると、意外と冷静で面白い言葉が出てきたりするものです。

例えば「自分の近所に誰か引っ越してきた」というのは自分にとって大事なニュースでも、他人にとってはどうでもいいことです。近所の人となら多少盛り上れるかもしれませんが、違う場所で話せば「出た、仲間意識」とシラケてまうような内容にすぎません。しかし、そういう人に限ってそれ以外のことに無頓着だったりもします。

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だったら「◯◯が△△県(自分に関係のない県)に引っ越した」という話について意見できる方がよほどマシで、意外とそういう時にする主張の方が人の心を掴んだりもします。

他人が自分と関係ない県に引っ越そうが、自分にはどうでも良いことですが、そういったことを上手に捕まえて言葉に出来る人の話は聞き入れやすいし、面白いので会話のキャッチボールもしやすくなります。

バランス感覚も大事にしよう

かといって他人の話ばっかりしていても「こいつ何なんだ」と思われてしまいます。
”怪しい人”になる前に、時には自分が本気で思っている言葉を発していかなきゃいけません。

どっちかだけで良い、なんてことは世の中一つもないんです。

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右だけでも、左だけでも成り立たない。

ただ、”きちんと自己主張できることが正義だ”という風潮が強いと思ったので、飲み込まれないように気をつけたいよね、というだけの話です。

まとめ

養老孟司はマツコ・デラックスに言いました。
「おかまは普通の人より考えることが多いから話が面白い。トイレ一つ行くのだって考えるでしょ?」と。
トイレ…そんな一見くだらないことでも、考えることは人を変えるのです。

どっちでもいいことも、よくないことも、右も左も考えることは大切なことです。

そういえば、日本の道路交通事情では、右見て左見て、もう一度右を見たら、前に進んで良いことになってますよね。

もし、右しか見なかったら…

man

こわーい。

おすすめ書籍:小池龍之介『こだわらない練習 「それ、どうでもいい」という過ごしかた』

こだわる気持ちが強くて困っている人は、お坊さんに聞いてみましょう。

小池龍之介さんの仕事観が朝日新聞に掲載されています。面白いですよ。

養老孟司『バカの壁』