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[1]武井壮に生きかたを教えた本「ソクラテスの弁明・クリトーン」プラトン【林修・世界の名著】

 2015/12/04  

BS-TBS林修・世界の名著。

毎週、本を愛するゲストを招き、選んだ名著について林先生と対談形式で語る番組です。

今回のゲストは武井壮さん。12/3、待ちに待った再放送でした。

takei3(出典:http://prtimes.jp)

選んだ名著は『ソクラテスの弁明』『クリトーン』(ソクラテスの弁明の続編)。

ギリシャの哲学者・プラトンが紀元前400年に記した名著です。

羽田圭介さんもおっしゃっていましたが、現代のものの方が洗練されているようで、実は古い作品にこそ現代にも繋がる哲学的思考の根本が集約されている、それを再確認できた放送でした。

武井壮さんベラ喋りのため、記事を2つに分けました。

「ソクラテスの弁明」ってどんな内容?

ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン (新潮文庫)
プラトンの師匠であるソクラテスが神を冒とくし、若者を先導した罪により死刑判決を受ける裁判のなかでソクラテス自信が行った弁明と、死刑判決の後ソクラテスに脱獄をススメる老友クリトーンとの対話を描いた作品。いずれも自身で著作を残していないソクラテスの言葉を現代に伝える傑作である。

武井さんが読んだきっかけは「子供時代」の境遇

中学生の時の道徳の先生に「君はこの本を読みなさい」と先生が勧められたのがきっかけ。人から薦められて読んだ本はこの1冊だけだそう。

その頃「生きるって何だろう?」ってすごく考えていたんです。小学校の時から親と一緒に暮らせない環境にあって、兄はいたけど子どもだけで暮らしていました。褒められることもなければ、評価されることもなく、学校で一番の成績を取っても何もない。だけど勉強しなきゃ俺は学校にも通えない環境でした。

中学・高校は奨学金を貰わないと学校にも行けない状況で育ち、成績が学年で3番以内に入らなければ奨学金が受けられない。そんな中で「学校に通うって何なんだ?」「俺は小さい頃から親もいないし、お金もないし、一体何なんだ?」。しかもお金がなく、ご飯もどっかの残り物をもらっていた時期もあった。

とにかく「何なんだ?」と思うことがたくさんあった。自分の環境を先生たちも知っていたから、とても良くしてくれて、この本を薦めてもらったんですけどね。「よく生きるって何だろう?」ということを考えざるを得ない環境だったんです。

林修:なるほど、それじゃあこの本に影響を受けるのもわかります。僕とは本当に対象的な環境です。どっちかと言うと僕は恵まれてて・・・(笑)

『よく生きること』とは?武井壮が最も感銘を受けた言葉

自分のやりたいことを選ぶ時に、絶対引用するのがこの本だという武井さんが選んだ一節です。

死刑執行の直前、看守に賄賂を渡し、脱獄することを勧めに来た老友クリトーンに対し、ソクラテスが言った有名な言葉です。

大切にしなければならないのは、ただ生きるのではなく、よく生きるということなのだ

武井が考える「よく生きること」とは?

武井:この本のなかでソクラテスが言う”よく生きる”っていうのは、人がこう言ったからとか、世の中ではこうなっているからとかではなくて、ヒトが本来生まれる前から備えてたいんでないかと思われるものや、魂が持っている”正しいこと”を言っているんではなかろうか。

林修:その発想からしてギリシャ思想っぽいですよね?

武井:そうなんですよ。ギリシャ思想の根源じゃないですけど「魂」が持っている”正しいこと”、例えば人に不正をしてはならないとか。本当に正しいことは正しいというべきだし、知っていることは知っていると言うべきなんだけれども、知らないのに知っていると言ったり、正しい不利して正しくないことをしたり、そういうのはよくないことなんだと。

武井:だとしたら正しくないことから遠ざかって、”本来の自分はここにある”っていうのは、本当にあるものなのだよ!!っていうね。そこに触れた時にこの本を読むのが止まらなくなって…。

ソクラテスの『知』

ある時、ソクラテスより知恵のある者はいないという神託を受けた彼は、世の知恵者を見つけ、それが間違っていることを証明しようとします。以下、本文より引用です。

その人物を相手に、これと問答しながら、観察しているうちに。

(中略)

この人は、他の多くの人たちに、知恵のある人物だと思われているらしく、また特に自分自身でも、そう思いこんでいるらしいけども、実はそうではないのだと、私は思われるようになったのです。

(中略)

自分一人になったとき、こう考えた。この人間より、わたしは知恵がある。なぜなら、この男もわたしも、おそらく善美のことがらは、何も知らないけれどもこの男は、知らないのに、何か知っているように思っているが、わたしは、知らないから、そのとおりに、また知らないと思っている。

(中略)

つまりわたしは、知らないことは、知らないと思う、ただそれだけのことで、まさっているらしいのです。

武井壮「ソクラテスと自分は”知”と”死”についての考えが違う」

武井:ソクラテスは『死は恐れるものではない』と言うけれど、僕は誰かと話したり感じたりすることを楽しんじゃっているから、死への執着があるんですよ。しかも「知ってると思うことは間違いだ」と言われてるんだけれども、でも「知りたい」って欲があるから色んな本も読むし、調べるし、知れば知るほど”つまんない”と思うことも楽しくなってきたりしてるんですよ。そこがソクラテスと違うところかもしれないですよね。

2人が思うソクラテスのすごいところは?

まずは本文からの引用をどうぞ。

わたしが正に、神によってこの国都に与えられた者であるということについては、次のようなところから、諸君のご理解が得られるかもしれない。すなわちわたしは、すでに多年にわたって、自分自身のことは、一切かえりみることをせず・・・(中略)
いつも諸君のことをしていたということ、それも私交のかたちで、(中略)精神を立派にすることに留意せよと説いてきたということは、ただの人間的な行為とは、似ていないからだ。

林修『私は神につかわされたと言い切る』・・・おそらく我々よりも「神」が絶対的な存在であった(時代)にも関わらず、こんなことを言ったのがすごい。たぶん(この時代の)他者に対しての影響力は、我々が想像を絶するほどに大きいものであったはず。逆に考えるとこれを言うために裁判に出て行ったのかなと。

武井『ウソをつかない』・・・神からの使命、それをただやってただけとは言うんだけれど、僕はそうじゃないんじゃないかなと思う。最後にウソじゃない「本当の本当のこと」だけを置き土産として残して「はいさようなら」ってしようと思ったのではないだろうか。そこに「自分の死」「裁判」として残せばそれが”最大の重り”となって、「重い文鎮」みたいなものになって紙が飛んでいかない、そういう希望みたいなものを持っていたと思うんですが、どうでしょうかね?

林修:うーん・・・

武井:僕と林先生はちょっと考え方が違うかもしれないですけどね。でも彼が生きる上で最も大切にしているもの(ウソをつかないということ、よいこと)っていうのは、この本に明確に示してあるじゃないですか。全ての対話において示してある。それ(よいこと)によって自分の人生を決めることはあるけれども、それ以外の、彼が言うところの「粗末なもの」に対しては、自分が「何かをしなければならない」という決断の要因にはならないっていうことを明確に示している。

武井:例えばみなさんが恐れる「死」というものが、それ(よいこと)によってもたらされたとしても、私の考えは一つも変わらない、なぜなら私は「これが正しい」という道を進んでいるわけだから。ここで私が命を落とすことは神の思し召しであるし、っていうこととかも・・・。

[2]へ続く

武井さんよく喋るし早いし大変(´・ω・`)

ソクラテスの弁明も武井さんも好きだから頑張ります。

[2]武井壮「ソクラテスの弁明・クリトーン」つづき


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