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着物が高くて売れないのは、生産者やメーカーのせい?伝統産業を守るのは誰だろう。

 2016/03/24  

昨年5月、こんな記事が少し話題になりました。
今さら?って感じでしょうが、見つけたんだからしょうがない。

英国人の日本文化論が「正しすぎる」「ぐぅの音も出ない」と話題に

日本文化に詳しいらしい英国人で、小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長の発言が記事になっています。

言っていることは大体こんな感じです。

私はお茶をやっているので着物を着る。

着物は嫌いじゃないし、着ない日本人は損をしているとも思う。

でも、原価に対して価格が高すぎる。ありえない。

この非合理性は伝統産業一般に見られる。

他にいくらでも代用品がある時代に、売れるはずがない。

供給者の理屈ばかりが先行して、消費者の視点がない。

つまり「売れないのは高いからだよ」ってことですよね。

「消費者の視点」とか言っているけど品質のことには言及しておらず、値段のことしか言っていません。論点がズレるのでここで詳しくは書きませんが、何を持って「原価」と言っているのかも疑問だなー。というのが私がパッと見て思ったことです。

当時facebookやTwitterで多くのシェアを獲得しており色んな意見があったようですが、賛同の声が多いことにとても驚きました。

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うげー。

確かに日本の着物業界は苦しいです。私は一応元着物屋なので業界のことは多少知っていますが、この10年ぐらいで比較的大きい呉服店もたくさん潰れました。

でもね、伝統文化の価値を普通の商品と同列に考えて良いのだろうか?

コレに関してちょっと言いたいことがあるので、今回は着物(伝統産業)の価値についてズラズラと書いてみました。

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着物の価値とは何なのか?

着物に限らず、伝統的なものの価値ははっきりと2つに分かれています。

  • 実用的な物としての「有形文化」の価値
  • 昔の手法を「無形文化」として残す価値

これをごっちゃにしている人が多いんですが、ちゃんと分けて考えましょう。

「有形文化」としての価値

これはイギリス社長さんが言っている「現代で着るための実用品としての価値」です。

主に着ることで価値が生まれるので、現代の人々が「この値段でこの品質なら着ようかな」と思える商品と価値を提供しなければいけません。

今の呉服業界はこれが出来ていないので、消費者から簡単に「高い!」「ニーズに合っていない!」と言われてしまいます。(てゆーか消費していない人ほど言うんだけど)

しかし伝統文化産業における価値基準は独特で、「楽に」「早く」が求められる現代と逆行しているようなところがあり、口で言うほど簡単なことではないのです。(この件については後ほどもう少し触れます)

「無形文化」としての価値

「紡ぐ・染める・織る」のなどの伝統的な技法そのものの価値です。

もちろん「使う素材」も限定されています。重要無形文化財などに指定されれば、存続させるために国からの金銭的援助を受けることができます。

補助と言っても多くは貰えないらしいので(技術継承者の人に聞いたことあるんですが)、「伝統を守る+売る」この2つが必要となります。かなり高額にしなければ割に合わないぐらい大変な作業なのですが、売れないのでかなり値段を押えています。それでも高額になるので、商売としてはかなりキツいのが現状です。

高額になる背景には細かい「絣(かすり)柄」や「織柄」など手間がかかるものに価値が置かれるという事情があります。1年で数反(着物の単位は反)しか織れないものがほとんどなんですが、例えば100万円の着物が年に5回売れても売上500万円。一人ではなく複数人の作業でこれです。自営業と同じ扱いですし、使っている素材もこだわらなければいけないため決して楽な暮らしではありません。

伝統的な着物ほど消えていきやすい現状

着物の業界では「大衆的で比較的安価なもの」は今でも需要が残っているため、そういうものを作っている会社は割りと潤います。数は減りましたけどね。

一方、伝統的なもの、希少価値の高いものほど値段が低めに設定されているのですが、それでも高くて売れないので苦戦をしているという状態にあります。

何となくの印象で「着物は高すぎる!!」と文句を言う人も多いですが、200万だから「ぼったくり!!」とか、10万だから「親切で助かるわ~」と一括りにするのはちょっと違うかなと思います。

伝統産業における消費者と生産者のジレンマ

着物業界の古いやり方が悪い!

と文句ばかりを言っている人に問いたい。

値段が下がれば着物を着るんですか?
簡単に着付けができれば着るんですか?
しきたりや作法などの決まり事がなくなった着物に魅力を感じますか?
ハロウィンみたいに着物イベントを作って盛り上げればそれで良いと思いますか?

着物業界では、帯を結べない人のために最初から形ができているものを作ったり、着付けがわからない人のために紐をちょっと結ぶだけで着れてしまうものを作ったり、販売店が購入者に無料で着付けを行ったりしています。

現代的なデザインのものを作ったり、襟にレースがついた浴衣なんてのも出ていますね。

でも、これだけじゃ着たいと思わなくないですか?

「そんな今風に加工されたやつは着たくない」と言い
「着るならちゃんと着たい」と言う。

「日本の文化は素晴らしい」と言い
「着るならちゃんと着たい」と言い
「手間がかかるのは嫌だ」と言う。

結局は着ないんですよ。必要が無いものなんて。

いくら業者が頑張ってデザインしても、価格を下げても、着る人が増えるはずがないんです。

着物を守るのは誰なのか?

ちきりんさんがラオスに行った記事にもあったように、海外に目を向けるのは日本の伝統産業にとっても大切なことだと思います。イギリス社長が言うように、買いやすい価格で出せる商品を考える努力も必要です。

しかし、現代の「利便性」や「必要性」が強調された価値基準だけでは、守っていくことが難しい部分もあるのが伝統産業の世界だと思っています。

伝統産業はその国の歴史や風土によって作られたもので、その価値は国民の心の奥深い所にあります。それはデータなどで表面化できない価値です。それを本当の意味で感じることができるのは、その国の人たちだけではないでしょうか。

伝統産業の着物が手で紡いで自然の色で染め上げて作っただけの布でしかないのなら、世界各国にある伝統的な布と何も変わらないということになってしまいます。

今の日本では、自国の文化の持つ良さを知ろうとする人があまりに少なくなっていると感じます。「生産側の責任」だけでは守れないものがある。外国人の需要に合わせるだけでは失ってしまうものもある。

だからこそ「消費者が知ろうとすること」を忘れてはいけないのが、伝統産業の世界だと思います。

まとめ

着物を着ない日本人が、着物を着る外国人の言葉に「なるほど~」とか言っている場合ではないのです。

慌ただしくて便利な今の時代だからこそ、気が付かせてくれるものがあると思うのですが。

文化財の素晴らしさは「作る技術」だけじゃない!

最後に、以前ゆうちょ銀行のCMに使用された伝統風景をちょっと紹介します。

「雪」でクリーニング!?新潟県の重要無形文化財

越後上布」と「小千谷縮」という2つの麻着物を「雪晒し(ゆきざらし)」している映像です。

雪晒しは、着物を自然の力でクリーニングする昔ながらの作業。

「今は着物だってクリーニング屋に出せるでしょ?」と思うかもしれませんが、天然染料で染められた着物のクリーニングは変色したり、シミがキレイに抜けないという問題を抱えています。

そんな落とすことが難しい汚れが「雪の上に晒す」という作業でキレイになってしまい、軽いシミぐらいなら消えてしまうのです。

こんなことを今の時代に、しかも日常的に(仕事だけど)やっている人がいるなんて、驚きではありませんか?

昔の人は機械技術が無い分、自然の力を借りて暮らしていました。「文化を伝える」というのは、着物の作り方を伝えるだけではなく自然の神秘も伝えてくれるんです。

価値は自分たちの知らない色々な所にも隠されています。