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『罪と罰』(ドストエフスキー)謎多き厚切りジェイソンが語る魅力~林修・世界の名著~

 2015/09/20  

book(出典:www.webdice.jp)

(オープニング)『文学作品というものは、ある時代のある社会の産物であるということ。だからこそ深い知識を自分の中に持つことによって少しでも作品の本質にせまりたい、そんなことを認識させられた回でした。』(林修)

ゲストは芸人でIT実業家の厚切りジェイソンさん。
ある企業の子会社の役員をしているそうです。

高校に12歳で入学し、ミシガン州立大学は飛び級で17歳で入学。
意識をして勉強をしてきたつもりはない、という厚切りさんですが、ドフトエフスキーを初めて読んだのは12~13歳という脅威の若さ。

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林先生の「日本では”私は平凡です…”と言ったほうが好まれるんですよね」という発言に対して

「そんな社会はいけない!平凡に満足したら停滞して、日本はどんどん置いてかれるんですよ!他人に好まれるために生きてるんですか!?」

と声を大にしていた厚切りさんは、非凡な人間になろうとする主人公に共感するものがあるようです。

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『罪と罰』ってどんな話?

(番組ナレーションそのままの引用です)

ロシアの文豪、ドストエフスキーの代表作。非凡な人間は、良いことのためなら法律を犯しても許される。という独自の考えを持つ主人公”ラスコーリニコフ”が悪徳金貸しを殺し、その罪に悩み、葛藤する姿を描く。そんな哲学的なテーマを扱った思想小説でありながら、犯罪ミステリーの側面をも持った世界的名著である。

物語最大の魅力は、犯罪によって『ナポレオン』になろうとした主人公。

厚切りさんは一番印象に残った主人公のセリフに

『ぼくはナポレオンになろうと思った。だから殺したんだ。』

という言葉を挙げました。

正義のためとか、相手が悪いから殺したというわけではなく、自分が特別であることを証明したくて殺したんだ、ということです。

では、自分が特別だと証明するために「犯罪」を利用したのにはどんな意味があったのでしょうか?「善行」で目立つのではダメだったのでしょうか?

林先生が選んだ一節にその答えが隠されています。

林先生が選んだ一節にも共通点が?

林先生は『ぼくはナポレオンになろうと思った。だから殺したんだ。』という意味を示唆するこんな一節を選びました。

要するに、ぼくの結論は、偉人はもとより、ほんのわずかでも人並みを出ている人々はみな、つまりほんのちょっぴりでも何か新しいことを言う能力のある者はみな、そうした生れつきによって、程度の差はあるにせよ、ぜったいに犯罪者たることをまぬがれないのだ。

新しいことをする人は今あるルールを壊すことになるので、犯罪者にならざるを得ない、逃れられないんだよ、ということを言っています。

主人公は自分がナポレオンになりたくて、社会のルールに反することができるかを試したくて罪を犯したのです。

主人公「ラスコーリニコフ」の魅力。その2。

もう1つ、厚切りさんが選んだ一節に、主人公の魅力が詰まっています。

一つの生命だけではいつも彼には足らなかった。彼はいつももっと多くの生命がほしかった。あるいは、自分の願望の強さだけから判断して、彼はあの頃、自分を他の人々よりも多くのものが許される人間であると考えたのかもしれない。

番組冒頭でも紹介された、とても有名な部分です。

自分は特別な選ばれた人間だ、という主人公に自分の影を見る人が、この本を好きになると言う林修さん。厚切りさんも、そう言ったところに強く惹かれ、世の中に対する変革の意志が強くあるのだそうです。

主人公以外の魅力的な登場人物を挙げるとしたら?

厚切り⇒主人公の弱みを握る男「スヴィドリガイロフ」

主人公の殺人を偶然知ってしまった男がスヴィドリガイロフ。それをネタに自身が既婚者でありながらみ主人公の妹・ドゥーニャに言い寄ります。スヴィドリガイロフは人生に成功している人間でありながら、いつも何か心に不満を持っていて、結局主人公の妹に対する想いも片思いで終わってしまいます。そして結局最後には拳銃で自殺をするのです。

自殺をする前、周囲の人に「(僕が死んだことを)アメリカへ行くと言ってた、と答えなさい」と言うのですが、その当時のロシアの環境から考えると、アメリカを”新世界”(現実と離れている世界)のように捉えていました。そのため、自殺の時にこのような言葉を使ったのだ、という厚切りさん。

この言葉に、日本人だとそこまで深く読み取れない部分だ、という林先生。

なんてお洒落な死の宣言なんでしょう。

林修⇒主人公を追い詰める判事「ポルフィーリ」

予審判事であるポルフィーリは、心理的な証拠だけで主人公を追い詰めていき、刑事コロンボのような仕掛けをします。林先生は、話をまわすために都合よく出てくる登場人物が好きなのだそう。

ソーニャ(娼婦)の魅力を日本人が解釈するのは難しい?教えて厚切りさん。

ソーニャは主人公から「殺人」について告白される人物です。
酔っぱらいの父のために売春をしたり、他人のために自分を犠牲にする女性として描かれています。

厚切りさん曰く、どん底にいながらも主人公を救おうするソーニャは、キリストとイメージをダブさせる存在、という解釈をしているそう。
林先生はそこまで読み取れなかったらしく、キリスト教に縁のない日本人には捉えにくい理解、厚切りさんには完敗だと仰っていました。

「罪と罰」を読み解くポイント!

キリスト教の理解で、捉える深さが変わる

「罪と罰」はキリスト教の思想を受ける人間の描写が多く使われます。林先生曰く、キリスト教を知っているというバックボーンがあるかどうかの差で、深く読み取れるかどうかが全く違うそう。

先ほどのソーニャの話もそうですが、このように細かい部分を上手く読み取るには深い知識と感性が必要になります。

ただしこれは個人的見解ですが、とりあえず読んでみると十分に面白く読むことができました。読んだ後に考え、追求し、しばらくして読むとより理解が深まる。そんなタイプの小説ではないかと思います。

ロシア文学の人間描写は複雑

『罪と罰』はとにかく登場人物が多く、一人ひとりの名前も長い、その上呼び名が何通りもあります。誰が誰だか分からなくなっちゃう。

これはロシア文学によくある形で、理解しやすいように相関図がついているものを見たことがある人も多いと思います。「罪と罰」もその手の小説です。

厚切りさんは、日本人だけでなくアメリカ人でもわけわからなくなるとおっしゃっていたので少し安心しました(^_^;)

気合い入れなきゃ読みにくいタイプの小説は嫌がられがちですが、ちゃんと素晴らしさがあるからこの形式をとっているわけで、読み終えた時は得も言われぬ深い感動が待っています。
たまにチャレンジするのも悪く無い、と思って私はたまに読むことにしています。

まとめ

日本では”人間の負の部分を隠すこと”を美徳としてきた歴史があり、今も当たり前のようにそれを良しとする考えが根付いています。

表面を繕い、心の中に潜む”負の部分”に目を背けていると、まるで繕った自分が本当の姿で、悪いことを一切しない善人であるかのような勘違いをしてしまうことも少なくないと思います。

そしてそのような文化は、”人間の真理”について深い議論が行われにくい、陰湿な環境が生まれる要因になり得るのではないだろうか、と厚切りジェイソンさんを見ていて感じました。

日本の美徳にも素晴らしい部分はたくさんありますが、日本が日本だけでは成り立たない国家になった以上、豊富な知識と柔軟な思想を持つことが重要なのではないか、と考えさせられる放送でした。

厚切りさん、番組の最後にひとこと

”自分が特別であるかどうかを誰が決める?”
”Why japanese people!?”

”変革の意志があるかあるかどうか”、という内部的なものという風に厚切りさんは考えていましたが、皆さんはどのようにお考えですか?(by林修)

番組で使用されたのは新潮文庫のこれでした。


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